久々のエントリ、ここ最近のことを。
先週末久しぶりに母校の後輩たちの試合の観戦に行った。
D樹,S,Mっちの三人を誘い飛田給にあるアミノバイタルフィールドへ。
D樹と駅で待ち合わせ。実弾はコンビニで補充済み。
Mっちは双子の子供と参上。Sは当然のように遅刻。
試合は11:00からで、そこから大きな子供と共に飲み始める。
試合は危なげなく先制、追加点を重ね無事に勝利。
写真はMっちの双子の子供と大きな子供。
試合後、ほかの観戦に来ていた後輩たちも合流し近くのタコス屋へ。
外で飲むのは実に気持いがいいのでつい酒がすすんでしまう。
その後母校コーチ陣が祝勝会を行っていると聞き新宿へ。
長い低迷期にもめげずやってきたコーチ陣はみなご機嫌。
ついついこちらもそのご機嫌のおこぼれを頂き大きな子供
と共に更に飲み続けた。
それからS治、R美ちゃん他を呼び出して子供と俺は上野に向かった。
この時点で移動した記憶はあまりないが無事到着。
いつものように焼肉やまだに行くと満席御免にて焼肉たむらへ。
みな合流しさらに勢いがついて飲み続ける。
暫くして俺の席が極端に狭かったので店を変えることを決心。
会計をして再びやまだへ、しかし満席御免。
ここで大きな子供は負傷離脱しKママのもとへ帰って行った。
うちに移動してさらに飲み続けあえなく戦死、
気がついたら朝ベッドの中にいた。
日曜日の練習をサボってしまった。情けない…
2007年11月9日金曜日
応援なんだか、飲みたいんだか
2007年10月15日月曜日
MGシール
ABUちゃんという強烈な個性を持った後輩からメールが来た。
どう強烈なのかはさておき、どこで調べ上げたのか
YouTubeのアカウントにメールが着ていた。
彼が探していたものはMGシールだった。
MGシールとは学生時代アメフトのヘルメットに貼っていた
シールのことで、Mが左上Gが右下で真ん中で少し交差している
何の変哲もない学校のイニシャルをあらわしたマークのことだ。
現在、母校のヘルメットのデザインは一新され
当時のMGマークは現在では使用していない。
”MGシール知りませんか?”とABUちゃん。
”う~ん、どうかな?”
現役から10年以上経っているし、
大体未練がましくないから、古く要らないものを
捨てるのに抵抗感は全くない。
先週末、家を掃除しがてら後輩からの
頼まれ事だったので探してみた。
ついでに次々と要らないものを捨てていき
ゴミ袋に詰まったゴミは何袋にもなった。
で、あった。3枚も。
近日中にABUちゃんに送る予定です。
2007年10月8日月曜日
スポーツの秋、祭りの秋、酒の秋

■写真:Awesome footballer さんより
昨日の試合、約十年ぶりのQBでの先発。
おそらく人生これが最後の先発だろう。
で結果は僅差だったが無事に勝利。
試合後皆で酒盛りに。
でも疲れすぎてて途中で寝てしまった、
途中からぜんぜん覚えてない、残念。
今日は用事があってまた日野まで行った。
行く途中各地で小さい神輿から、大きいのまで
お祭りをやっていた。
お祭りの季節だね。
S治から飲みの誘いがあったが、
今日はATMが閉まっちまってていけなくて御免。
とゆーわけで、体中痛いなか家で
ゆっくり飲むことにします。
2007年9月23日日曜日
2007年9月18日火曜日
大事な試合に負けちまった
ショートバケーション中日の土曜日、
とても大事な試合があった。
とりあえず今期当たる相手チームの中で
最も強いと思われるチームとの対戦だ。
天候はよく晴れていてこの日もかなり暑かった。
昨晩ウコンの力も飲んだし体調はすこぶる良い。
入念に準備を済ませ、いざ試合。
第1クォーターから娘婿候補のN山君の走りが炸裂しTD。
生まれて始めてのトラポンを蹴りいれて7対0とリードした。
そのまま前半を折り返し勝ちムードが漂う。
後半に入り俺とS治を筆頭におっさん達は疲れの色を隠せない。
残念ながら第4クォーターに逆転されそのままタイムアップ。
今年の優勝はなくなり、消化試合を残すのみとなってしまった。
写真:awesome footballerさん
まあ人数が少ないとはいえ体力的に自分は負けていた。
非常に残念だがD樹が来ていればと思うと少し残念。
それから焼肉やまだで肉をシバキながら戦犯探しを
するようなつまらない飲みになっちまった。
ん~残念!
2007年9月14日金曜日
2007年9月3日月曜日
酒飲み日本代表vs韓国焼肉戦
楽しみにしていた日曜日の試合。
曇りの予報だったが快晴…暑い。
朝方レッスルに車で迎えに来てもらいセクの家まで
レッスルの道具を借りにいく。
天王洲アイルの報知新聞の隣のドデカいマンションにセクは住んでいた。
さっすがエリート商社マン。セクにお礼をいい、いざ川崎球場へ。
学生最後の試合をこの球場でプレーした思い出深い球場だ。
ブライアントがホームランを打ち、村田兆治が剛速球を
投げていたころとはまったく違う球場になってしまった。
また最近ワールドカップが行われたので、スタンドは高くなり
芝生のスタンドもやや大きくなった。いいグランドだ。
クラブハウスも大変立派なものに立て替えられていた。
さて試合前ウォームアップ!
前日までポジションは決まっていないのんきな展開だったが、
この日はN尾が最初に打診してきたのでSSをやることになった。
ジムとビリーのおかげで体がだいぶ軽い。
最初のプレーでロスタックル!ごっつあんです。
※写真引用 Awesome footBallerさん
S治の活躍もあり前半はディフェンスはピンチというピンチはなく、
ファーストダウンもほとんど取らせないまま完封。
12年ぶりにプレーするレッスルもハッスル。
スピンなどを見せ軽快な動きだったが如何せん
オフェンス自体のリズムが悪く無得点に終わる。
後半に入りQBH君の足がつったため急遽QBで出場。
ゴール前1ヤードまでもって行き、
娘婿候補NO.1のN山君に持たせ見事タッチダウン!
残念ながらTFPは外してしまったが6点を先制!
H君の状態がよくなり再びSSで出場。
試合終了まであと僅かとなり、相手にゴール前まで攻め込まれる。
相手の4ダウンギャンブルでのパス攻撃を
インターセプトし、ここで勝負あり。
何とか6-0で辛勝することができた。
さて試合!
川崎のコリアンタウン(焼肉街)に出動。
彼女ら美女三人が応援に来てくれていたので、一緒に試合参加。
K月をはじめ、若手も参加し楽しい試合となる。
M田君の話を聞き若いなりの悩みがあるのだなあ、と関心。
敵であるジンロをレモン割り、お茶割り、緑茶割り
などで次々となぎ倒していった。
すっかり出来上がったが、DEA(麻薬取締局)捜査官であるレッスルが
一滴も飲んでないことが分かり上野で2試合目を慣行。
こりもせず焼肉食った後に、焼肉やまだにて第2試合に突入!
レッスルも車を置いてきたので試合参加開始。
途中、記憶があまりないがとにかくたらふく飲み倒した。
ママも呆れ顔で見てたことはよく覚えている。
しかし焼肉やまだは旨い。川崎メじゃないね。
というわけで、酒飲み日本代表試合vs韓国焼肉戦ダブルヘッダーに
2戦とも完勝したのでありました。
2007年8月28日火曜日
弱肩

初めて肩を壊したのは高校2年生のときだった。
暇な時間に誘われた野球部の練習でピッチャーを
やっているときに違和感を感じた。
急に投げすぎて一気に痛めた。
医者にみてもらったが、若い医者でどうでもいいような診察。
そいつはぬけぬけと言った。
”壊れてるね!”
”どうせプロ野球に行くわけじゃないんでしょ。”
確かにプロ野球に行くことは間違いなくなかったが、
お前医者だろ!
浪人期間もあり肩を使うようなことは全くなく、
根本的には治らないが、徐々にではあるが回復していった。
草野球などでは球はもとの軌道に戻ったかのように思えた。
大学に入りアメフトを始めた。
QBをやることになった。
というのも肩の強さには自信があった。
速い球を投げることができると思っていた。
一年、二年、三年、四年…
歳を重ねるたびにボールは飛ばなくなっていった。
で、先々週の練習で少し投げすぎた。
先週末の練習ではボールは20ヤード飛ばない。
自分でもびっくりしたが、40肩以下だ。
痛いのは慢性的なものなので気にはならないが、
ボールが自分の思い通りに飛ばないのはショックだ。
今週の試合で投げることがないことを祈る。
2007年8月27日月曜日
2007年8月19日日曜日
とても暑い夏の日曜日
2007年7月27日金曜日
チームの移籍

帰り際、吉池(スーパー)でタバコを買うことが多い。
見慣れぬタバコを発見!まだ吸ってないから味はわからん。
話は変わるが、十年間在籍したアメリカンフットボールのチームを
今年辞めて他のチームに移籍した。
簡単に十年といってしまったが、まだ俺が26歳の時からだ。
十年前…誰もが違った生き方をしていたと思う。
君は駆け出しの社会人だった頃だし、君はまだ中学生だった頃だ。
今年で辞めようと思っていた。
だが、一種の麻薬みたいなもので辞めようと思ってもなかなか辞められない。
試合の緊張感。倒した時の爽快感。終わったあとの充実感。
だらだらと続けるつもりは毛頭ないが、やれるところまではやりたい。
続けていることのエクスキューズも多々ある。
ずるいが、やっていれば自分が許されるような感覚もある。
その感覚はいけないことだとは思っているが何かの
言い訳にしている自分も間違いなくいる。
そんなわけで移籍した。
だらだらとした環境ではなくまったく知らないところでのスタートだ。
新しいチームで一からプレーで魅せてレギュラーになりたい。
最年長クラスなのでなかなかそうも行かないだろうが…
最近、この秋に旧所属チームとの対戦が決定した。
十年間一緒にやった仲間を敵に回すのだが、わくわくしてしょうがない。
それまでに体鍛えて準備したいと思います。
2007年7月26日木曜日
肉体改造計画

はっきり言って、今の自分の体は醜い。
それもそうだ、約十年も暴飲暴食を繰り返してきた。
昨晩酔って、起きたら我孫子だったことを猛省。
もう二度と乗り過ごさないと心に決めていたのにこれだ。
酒に弱くなったのかといわれればそれまでだが、
上手に飲めない自分がいる…これを治す。
運動で強い精神状態に戻す。
体力がなくなれば気力もなくなる。
意志が強い奴は大体運動している奴が多い。
俺の意思は昔に比べてかなり弱い。
何故なのかわからなかったが、酒と体力が原因じゃないかと思っている。
ビリーズブートキャンプも15分で断念してしまう自分が憎い。
この根性なしが!
高校生の頃は今と同じ背で72kg…これはさすがに遥遠い。
二十歳の頃は鍛えてたせいもあるが82kg…だいたい今と同じだ。
ところが俺の体は見る影もなく醜い。
それでも何回かスポーツジムに通ったことはあった。
ボクシングジムに通ったこともあった。
行けば確かに引き締まり思ったところに筋肉は付くのだが、
行かなくなればそれで終わり。
行った期間とおなじ期間で体は元に戻る。
今のままの生活で体が鍛えていた頃に戻ることはまずない。
昨日の決心どおり今朝、遅刻しながらジムの入会手続きを済ませた。
ボス、本日遅刻しまして申し訳ありません。
既に痩せた気になっている自分が怖いが、
会社がある駅にあるジムの早朝会員になった。
早朝会員といっても7時~10時なので結構時間はある。
朝早いのは苦手ではないので電車が空いてる時間を探しながらペースを掴みたい。
会社は10時からなので結構自由が効く。
とりあえず月水金と週3回とりあえず行くつもりだ。
強い意志は、強い体から……
会社にいる限りは続けようと固く心に誓ったのでした。
2007年7月16日月曜日
アメリカンフットボール ワールドカップ 対アメリカ 決勝戦

残念です。
最初のプレー。
ぎりぎりの戦いでした。
すぐ追いついて、突き放す。
最高の試合展開。
アメリカの当たりはホントに痛そうだった。
大好きな選手LB10番東健太郎選手。
ここ2試合で彼の活躍は目覚しいものだった。
こんなに早いLBとはアメリカの概念には無い
日本独自に進化したLB像であることを期待をして、
その彼がアメリカ相手に大暴れするのを楽しみにしていた。
元々DBである彼は180cmの公証94kgという
比較的スマートな体系の持ち主だ。
実際は試合続きで体重は結構落ちていたと思が…その彼が、やられまくった。
ラインに捕られるたび膝から落ちる彼の姿を見るとは完全に予想外だった。
体重は120kgオーバーであろうライン陣にことごとく捕られていた。
DLのせいにするのは簡単だが一対一で完全に負けていた。
つまり、日本独自の新しいLB像がことごとく打破されていった。
今後ワールドカップに参加し続けていくであろうオールJAPANは、
この問題を解決しなければ一生アメリカに勝つことは無い。
アメリカンフットボールとはどんな人間でも
その個性やスタイルでプレーできるポジションが必ずあるという
概念を完全に捨てざるを得なかった。
デカくて強い奴が集まれば勝てるスポーツであったというのは非常に残念である。
ゲームとしては組み立て如何で勝負はできることを決勝で
証明できたが、アメリカンフットボールだけに
何でも強ければいいということだけの証明にもなってしまった。
負けたから。
選手も怪我人が出るたび、びびっているレシーバー陣とかがいたのは残念。
負けたのは時の運みたいなところもあったが、
俺が今大会最注目の18番高田鉄男選手の最初のインターセプトが残念で仕方が無い。
十分準備し、予め決まっているプレーをおこなうにあたって、
セーフティーの動きをみるところまでの最初からの意識が薄かった。
非常に残念だ。
アメリカに行きよいコーチのもとで徹底的に
クォータバッキングを教わり、次大会ではアメリカを蹴散らしてください。
やっぱり、負けると気分悪いよね。
2007年7月12日木曜日
アメリカンフットボール ワールドカップ スウェーデン戦
普段より遅めの帰宅だが、まだ試合のやっている時間には帰れた。
今回の対戦相手スウェーデンに勝てば、
既に決勝進出を決めているアメリカとの対戦になる。
テレビ放送はケーブルテレビしかないので、
非常に残念だがワールドカップ公式ホームページで
試合経過を追う……はずだった。
アメリカ戦までの対戦はどれだけ重要かは前回述べたが、
まさか日本が世界に誇るPCメーカーが敵だとは思わなかった。
……とにかくつながらない。
FU○TSU PRESENTSと大々的にうたっているこのサイト…
とにかく重いしつながらない。
FU○TSUといえば、皆さんご存知の我日本が誇る
優秀PCメーカー!?ではなかったのか?
情報が遅いとかそういう問題ではまったく無い。
とりあえず、つながらないのだ。
仕方が無いので各方々の掲示板などで試合経過を確認。
初戦から重いなとは思っていたが、改善の欠片も見られず
むしろ悪化しているようにさえ見えた。
ありがた迷惑でヤフーのトップページなどに載せてくれるな!的な
雰囲気もかなりあったに違いない。
試合経過は後日、友人に録画DVDを借りる手配は済んだが、
少し言わしてもらう。
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できねーことはやんなよ。
決勝戦も改善する気持ちはまったく無いのは良く分かるが、
だったらはじめから封鎖しておけっちゅーの!
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決勝戦は是非テレビで!
7月15日(日)決勝戦
NHK-BS 7月15日(日)15:05~18:00(生放送)
MXTV 7月17日(火)19:00~21:00(録画)
スカイA 7月26日 (木) 14:30~17:30 (録画)
選手は頑張って下さい。
2007年7月7日土曜日
アメリカンフットボール ワールドカップ フランス戦
七夕だって言うのに一人きりでのテレビ観戦
たまたまテレビを点けたら
【アメリカンフットボール ワールドカップ 2007 VSフランス】をやっていた。
自分自身も下部リーグで参加している頂点の選手たちの晴れの舞台だ。
格下のフランスはかなり弱い。
はっきり言えばうちのチームでも勝てそうだ……ちょっと言いすぎ(^^;
しかしながら日本はものすごい強い。
まず目に付いた選手は80番米山晃嗣選手。
ボールをとってからのスピードがそのまんまトップスピードで走る。
普段NFLを見ているがスピードは遜色ない。しかも人に強い。
フランスは思ったよりあたりは強いが米山選手はさらに強い。
米山選手より若手の選手が出ているアメリカ代表戦が彼の今後を決める。
マークされた試合で、あたりで蹴散らすことができれば……
更に上に行って欲しいものだ。
次に目に入ってきたのは10番高田鉄男選手。
彼は、今すぐ仕事を辞めてアメリカに行くべきだ。
本当の良いQBコーチがいる環境に自分を置いて、練習すれば
間違いなくNFLに入る身体能力の持ち主だと思う。
ちょっと言い過ぎなのかもしれないが、
彼のような才能あふれる若者が日本にいても成長はするが、
成長の幅が小さくなってしまう恐れがある。
彼の周りで彼の夢をサポートする人間らがいれば、彼は更に伸びる。
日本のアメリカンフットボール環境は極めて悪い。
例えばイチローのように彼と同じ歳のときはすでに億の金を稼ぎ、
将来の心配が何も無く、思い切った行動をできるような環境に無い。
彼らは日本代表であって努力を惜しまず日々努力しているが、
あくまでもアマチュアの環境から脱することはできない。
一番能力が伸びる十代後半も大学低学年時は、
よほど高校時代に名の通った選手で無い限り雑用から始める。
雑用をいくらやっても選手としての能力が上がるかは俺には疑問だ。
しかしながら幸いにして彼らの時代は良い時代になった。
アメリカが参加することにより、
また日本人野球選手などが活躍することにより、
もしかしたらNFLのスカウトの目に留まるかもしれない。
アメリカ戦……ここにすべてのパフォーマンスをぶつけて欲しい。
ここで人生が変わる可能性は日本代表選手すべてにある。
どこで誰が見ているかわからないからこそ、そこに向うまでの
緒戦を怪我無く勝ち進んでいってもらいたい。
最後に43番主将脇坂康生選手、38歳。
頭が下がります。
応援しております、頑張ってください。
2007年7月2日月曜日
OB戦の後
母校のOB戦に行った。
行く途中の横浜新道でかつてよく行った
ハングリータイガーの横を通り過ぎたとき、
帰りはここで飯を食べると皆、意気投合。
さてOB戦…
現役メンバーは若い新人を中心に組まれた
1年生が主体のチーム。皆18歳やそこらだ。
対するOBチームは20代中盤を軸にはしていたが、
一緒に行ったのは若手のG藤24歳。
K平は28歳でD樹とS治は33歳。
俺は表題どおりの36歳で上から二番目と、
仲間の5人で平均年齢をつり上げってしまった。
最年長のYさんは多分40歳過ぎ。(スゴイ!)
自分の年の半分の若者たちと試合をするのは
当時の自分を見ているようで楽しい。
当時から変わったことといえば、マネージャーの
人数が圧倒的に増えていた。これもまた楽しい。
結果は40-0でOBチームの圧勝。
いざ、ハングリータイガーへ!
行ってみてびっくり、店の前は大渋滞で
交通整理のおじさんが2人もいて車を誘導している。
駐車場に入るのに1時間以上掛かることは容易に想像できた。
G藤が”先に行って並んでますよ”と申し出てくれたので、
車で待つこと5分G藤が小走りで戻ってきた。
曰く、店の中は大混雑で2時間待ちとのこと。
残念らがらハングリータイガーは断念するほか無かった。
車で第三京浜を東京方面へ
第三京浜を瀬田方面に降りたときK平が
ハンバーグ屋を発見!
エル・アミーゴだ!
2キロステーキチャレンジ!みたいな文字がみえた。
大食漢の大男たちはすでに、待たされたイライラと
試合の疲れでお腹を空かせた虎に変身していた。
なんとかパーキングを見つけ店内へ。
みんなでシェアするように1kgステーキと
800gハンバーグとその他を注文。
うまいうまい。マジで美味い。
男五人でそれらを食べきる。
エル・アミーゴでは嬉しいことにJINROのボトルも置いてあり、
韓国との関連性はまったく無いメキシコ料理屋でJINROを飲み大満足でした。
家に帰ってこのブログを完成させるべくエル・アミーゴについて
調べていたら、大食いタレントのギャル曽根が一人で肉2kg食いきったらしい。
恐るべし…
※酒も飲まず車を運転してくれたK平、ありがとう。
2007年6月13日水曜日
脳震盪

日曜日に試合がありました。
相手の選手がものすごい勢いで後頭部を直撃。
それから少しの間の記憶が飛んでいる。
大井町で電車に乗り品川で乗り換えて恵比寿を目指す予定でした。
夜の七時頃に友人の結婚式のパーティーに向うため。
ぐーぐーぐー。
どれだけ寝てたのか覚えていない。
深夜、見慣れない駅で駅員に起こされた。
【大船】っておい。
ドン引きのまま外に出される。
彼女に電話して事情を説明し駅前で寝た。
しかし頭が痛いし、そんなに飲んだわけでもないので
ほんとうにわけが分からないまま寝た。
朝、起きて始発で帰ったのだが、
家に帰ったらとんでもないことに……
その日は頭痛がひどく、吐き気もあり会社を休んだ。
次の日に会社に行くと心配してくれていたボス。
「とりあえず、病院に行ってきなさい」との
ありがたいお言葉。
午前中に病院に行って、首のレントゲンを撮る。
先生「アメフトやってる割には綺麗な首してるよ!」
とのお墨付き……よかった、よかった。
先生「脳震盪ですね。安静にしていれば大丈夫です!」
そういえば、買ったばかりの通勤定期を失くしてしまった。

